支那の売笑
五、清吟小班

節期の無心と吝な客

斯くて真実の「熟客」となるのであるが。其次からお互の呼称が変て来る「ニン」は「ニイ」となる「ニイ」即ちあなの尊称が「ニー」即ちおまえさんと親密になつて来るのである。花酒をやつた後でも打荼囲に要する心附け等には変りはない。又花酒をやるのは必ずしも縁を結ぶてなく、そうした華々しきことが好きでやる粋人も居るのである。関係の無い熟妓に「玉を附けてやる」ことは日本にも有ると同様である。

又「花酒」は、縁結びの宴として、最初の一度で済むかといふにそうでない、其女に通ふ間永久に崇るのである、「元宵」「端午」「中秋」の三節は勿論のこと「過年」即ち年越しには「過節回家」といつて、妓女は多く自宅に帰つて祝節を父母の膝下で行ふ。生家に帰る時を「上車」といふ。滞留数日(大概五日位)の後帰班するを「下車」といふ。此際には相当の心附けをやらねばならぬ。これを「犒賞」と謂ふ。「犒賞」は 上車よりも下車の際が重要である、それは一面妓館及び朋輩に対する所謂面子と、一面は数日生家に帰り休養した上、新しい気分を以て客に接するのであるからである。北京に於ては北班子の女は、北京か又は遠くて天津位であるから、総て過節回家をなし、従つて妓館も其間だけは休業する。南班子の妓女は南方の女でちよつと帰家することができぬから、上車も下車もなくたゞ新年に休業するだけである、その他は平常の如く娼業を営む其代りに節期々々には、犒賞を相当にしなけれはならぬのである。

又「犒賞」は過節のみでない其他、妓館の主人、母、自分の誕生日にも祝儀をねたり、「花酒」を要請するのである、甚しきに至つては朋輩の誕生日まで祝つてくれと申出づる、其場合は必ず「妾の顔を立て下さい」と何事も面子にくつつけて、出来得るだけ客から絞り取ろうとするのである。金持ちになると、好んでそうした要求に応じて、妓女の歓心を買ふと共に、威張つて居るものも有るが、多くは巧く逃れる者が多いやうである。厄逃れの秘訣は、要するに過節の前後に接近しない方がよい。ほとぼりの冷めた時にヒョツクリ訪ねて見て、あの節は旅行をして居た位に誤魔化して置けばよい。しかしそれも度重なれば吝な客として「冰筒」冷遇さるるから、要領よくやらねばならぬといふことだ。

五、清吟小班

  1. 班子の所在地
    1. 八大胡同の名称
    2. 八大胡同の班名
    3. 八埠に遊ぶ道筋
  2. 班子の構造と彩綢
  3. 芸者買の順序
    1. 男衆を亀奴と呼ぶ
    2. 妓夫太郎の任務
    3. 芸妓屋の門を入る
    4. 脂粉の香漂ふ
  4. 引附部屋に案内さる
    1. 煤球児の臭ひ
    2. 室隅の洋床
    3. 総てが挑発的
    4. 身も心も落着かぬ
  5. 見客と芸妓の顔見せ
    1. 交渉の第一歩
  6. 客も妓も懸命の場面
    1. 改天見と一廻りしてから
    2. 変体色情狂
  7. 撰定が済み初挨拶
    1. 妾を可愛かりて下さい
    2. 嫖客の得意
  8. 愈々本部屋入り
    1. 身元調べ
    2. 煙の次に茶
    3. 乾いたものが湿ふ
    4. 花柳界で大事な縁起
  9. 妓女の歌と客の聴方
    1. 昔の点曲児
    2. 歌の撰択が済み叫師伝
    3. 胡琴児的来る
    4. 師伝銭の額
  10. 茶をすすつて芸者遊び
    1. 打茶囲と盤子銭
    2. 廻し客は取らぬ
    3. 恋の鞘当は無い
    4. 見立替へを許さぬ
  11. 料理屋に妓女を呼ぶ方法
    1. 局票の書き方
    2. 叫条子と借条子
    3. 友人の紹介荐条子
  12. 支那の芸妓はお酌をせぬ
    1. 客から妓女に敬意を表す
    2. 芸妓相手の乱舞は出来ぬ
  13. 他班の馴染を呼ぶ色男
  14. 泊り込までの道程
    1. 肉の取引が成立
  15. 芸も売れば身も売る
    1. 支那の妓女に対する誤解
  16. 正式に泊り込む手続
  17. 縁結びの祝宴
    1. 花酒の招待状
  18. 花酒費の一覧表
    1. 枕金の相場
  19. 花酒の当日と竹戦
    1. おひけとなって吃客飯
  20. 芙蓉帳裡巫山の夢
  21. 客に対する観念と待遇振り
    1. 支那国民性の一端
    2. 振るといふことがない
  22. 節期の無心と吝な客
    1. 上車と下車
  23. 花酒抜きの情意投合
  24. 外国人は軽便で持てる
    1. 花柳竹技詞
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