花酒費の一覧表
愈々「花酒」の宴を開くこととして、招待状を出すと共に、其人数によつて料理の準備をせねばならぬ、一卓子で十人乃至十二三人位が止りである、これは普通料理と同様であるから、別段改めて説明するまでもなく、人数によって2テーブルでも三テーブルでも準備しなければならぬ。次に一番緊要な「花酒賢一覧表」を掲げて見やう
△菜(理)毎棹十元乃至十二元
此料理ぼ、客より直接料理店に注文するか、又は妓館に托せるか、何れにしても随意である。どうせ花酒は、妓館の主人や夥計等の私腹を肥やすのであるから、妓館に托せた方がよい。前掲の価額は最底のものである、人に拠ってはこれ以上の料理を注文するものもある。支那料理のことだがら際限がないが、そうなると反って馬鹿にされる、恰も破格のチツプをやつて笑はれると同様である。
△客人車飯……人力車(四吊七百、即ち銅貨四十七枚)馬車(八吊乃至十二吊)汽車(自働車)(十六吊乃至三十二吊)
客人の車夫に飯代をやらねばならぬ、其額は越多越好(多い程がよい)のであるが、前記は普通である、支那では「請客」即ち客をすると、必ず客人の車夫及び従者に「飯銭」を遣る風習がある、普通は人力車一台に二吊(鋼貨二十枚)と定まつて居る。
△妓女車飯……一名に付十吊
相手の妓女が招待せる妓女の朋輩が乗って来た車夫の飯銭である、男客よりも多くやらねばならぬ、若し客としてでなく、普通の妓女として聘んだ場合も同様。
△唱者賞銭……各人一元
所謂「師伝銭」である、これは普通打茶囲の時と同様である、改めて説明せぬ。
△下棹…………南班子八元、北班子六元
「下棹」といふは、班子の召使共に与ふる祝儀である。これも最下底を示したもので客によっては多く出すものもある。南班と北班との差は、南班は南方より来れる妓女を置き、北班は北方の妓女を置き、南班の方が格が一段上に在るといつてもよろしく、玉代祝儀等総て高価である。
△棹底…………南班二十元、北班十六元、
「棹底」とは妓館に対する祝儀である。祝宴が済んで主客テーブルを放れる時にそっと棹子の下に紙に包んで忍ばせて置く、これは皆館主の所得になって了ふ。
△賞厨…………二元乃至四元
「賞厨」は読んで字の如く厨子(コツク)に与ふる祝儘である、日本の料理店或は旅館で板場に祝儀を出すと同様である。
△酒及点心……随意
料理には必ず酒が伴ふ、その酒は紹興酒又は麦酒が普通に用ひられ、其他随意である、此酒は自身持参しても差支ないが、又妓館に委せてもよい。一体支那の料理屋で、一卓何程といふのは、酒と飯代は別に勘定しなければならぬ。そこで酒を持参するのは客の任意となつて居る。花酒の時には北班は大概酒を持参する、南班に遊ぶ人は、総てが鷹揚だから妓館に委せるらしい。酒を持参する風習は、実際の好酒家が、料理屋の酒では満足が出来ず、常用の所謂生一本を持参するのと高い酒代の誤魔化しを防ぐ為めから来て居るが、花酒の時は、酒を飲むのが目的 でなく、又酒代の誤魔化し位を気にかけて居る場合でないから、妓館に委するのが粋人の遣方である。「点心」菓子や果物も同様で、果物は料理に附随して居るが宴に移らぬ前に用ゆる菓子の如きも、宜敷しくまかせて置くべきである。
前記の以外に、支出することは煙草代位のものである。花酒の主人は、自分の目前テーブルの上に、現金を積んで置いて、それを其都度渡す、酒宴の席に現金を積んで置くなどは、頗る露骨であるが、そこは所謂支那式で公然と支給する方がよいのである。前述の如き規定の費用を支払して十人の客を招き、それに客が夫々妓女を聘び、之れに唄はせると仮定すれば、百元近くを要するのである。
其他「枕金」を出さねはならぬこと勿論である、これを「住局銭」又は「開児銭」といふ、枕金は普通は八元から十元であるが、其妓女によつては二十元三十元を要来することがある、甚しいのになると非常に高く吹かけるといふことだ、相手を見て定めるのであるから相場が有って無いやうなものである。