引附部屋に案内さる
その部屋が日木の所謂引附部屋であるが、日木の遊廓のやうに一定した部屋が有るのは少ない、空いて居る妓女の部屋を随意に使用するのが多い。綺麗な部屋に当ればよいが、廻り分せが悪るければ惨憺なる所に案内さるる、冬は支那暖炉の「煤球児」の臭ひ鼻を突いてむせび返り、夏は何とも知れず蒸れ臭くて胸苦しくなる、しかし馴れて来ると平気となる。
部屋の装飾は大概一定して居る、入口には勿論「ドア」はあるが、常には其代りとして白又は紺の「布簾」を垂れて出入を便にして居る、室の隅には「洋床」印ち洋式のべットが置かれて居る。周囲は型の如く布を以て覆ふてあるが、大概は一方の布を揚げて故意と内部が見へるやうにしてある。色合の美しい緞子の布団や、大小一組の枕が行儀よく置かれて居るなど総てが挑発的である、或る目的を抱いて浮かれて来た嫖客は、六尺床上に毎夜繰返さることなど連想して、身も心もそわそわとして落着かないといふことである。