芸者買ひの順序
先づ試みにその門を潜って見る。門を入れば直ぐ普通の住宅と同様「門房」がある。春から秋にかけて気候の好い時には、門内の両側に椅子を列べ、日木でいふ「妓夫大郎」が客の来るを待ち搆へて居るこの男衆を「亀奴」といふ亀は「忘八」と称し、支那では一般に忌み嫌はれて居るから、肉を鬻く女部の召使に此名称を冠したのである。しかし斯く呼べば罵詈するやうになるから、普通は「夥計」と呼ぶのである、日本の妓夫太郎は、自から客を勧誘し、而してこれを鴇母(ヤリテ)に引渡すのであるが、支那ではそうでなく、単に客の来るを門に迎へ、之を後房に通知するのが役目である 其方法は嫖客が門に入ると、彼等は大声を発して「来客」又は「譲着」と叫ぶ、日木でいふ「お客サマ…」又は「いらっしやい‥‥」と呼ぶのと同様である、そうすると後方から「這辺児請」と大声で景気よく受け答へる「どうぞこちらへ」といふ意味である。
遊客は劈頭この声を浴せかけられてスッカリ遊蕩気分になって了ふので、気の小さい客は妓女を聘ばずして門を出づるのがきまりが悪いといふことである、「来客」に送られ「這辺児請」に迎へられた客は、後方に進むと打牌の騒ぎさんざめきの声、歌唱の音、脂粉の香漂ふ中に、雑然騒然と人の心を魅らせるのである。更に進んで行くと後方勤務の「亀奴」に「来了」と迎へられ一室に案内さるるのである。