支那の売笑
五、清吟小班

正式に泊り込む手続

客が妓館に泊り込むには、方法が二つある。(一)正式(二)略式とでも区別すベきである。先づ正式ともいふベき廊の憲法を正直に尊重して、妓女と関係を結ぶ方から説明しやう、先づ第一の条件としては「生客」では駄目である、どうしても「熟客」となつて置かねばならぬ。そうして度々通ふ間に、多く使ふ必要はないが、粋人としての金放れを綺麗にして置かねばならぬ。斯くて相手の妓女に振られぬ要心をして、其歓心を求めて置かねばならぬ。此第一条件を具備して置かねば、如何に正式の手続きと順序を踏んでも、交渉は不成立に終るのである。

嫖客が妓女に対するには断じて「露骨を避けねばならぬ」これは絶対必要なこととなつて居る。直接に「惣れた」とか「はれた」とかいつてはならぬ、況んや「今天住下」(今夜は泊る)など申込めばそれこそ大変である。要するに意思表示は充分にやって、之を言語に現はさぬやうに心懸ねばならぬのである。そして最後の交渉は総て乾媽を経てやらねはならぬ。しかし客より申込のむは策の得たるものではない、妓女の方より乾媽を経て

您今天晩上住下怎麼様(今晩お泊り遊ばしたらどうですか)

と切出させなけねば粋人たる資格がないといふことである。第一流の花妓になると、支那人の常套語である「面子」即ち体面上、直ちに客に弄ばるることを欲しないのである。数回打茶囲の結果、客の精神も、態度も、懐具合も見抜いてから、自分の馴染として、一身を託するに足ると信じなければならぬのである。

五、清吟小班

  1. 班子の所在地
    1. 八大胡同の名称
    2. 八大胡同の班名
    3. 八埠に遊ぶ道筋
  2. 班子の構造と彩綢
  3. 芸者買の順序
    1. 男衆を亀奴と呼ぶ
    2. 妓夫太郎の任務
    3. 芸妓屋の門を入る
    4. 脂粉の香漂ふ
  4. 引附部屋に案内さる
    1. 煤球児の臭ひ
    2. 室隅の洋床
    3. 総てが挑発的
    4. 身も心も落着かぬ
  5. 見客と芸妓の顔見せ
    1. 交渉の第一歩
  6. 客も妓も懸命の場面
    1. 改天見と一廻りしてから
    2. 変体色情狂
  7. 撰定が済み初挨拶
    1. 妾を可愛かりて下さい
    2. 嫖客の得意
  8. 愈々本部屋入り
    1. 身元調べ
    2. 煙の次に茶
    3. 乾いたものが湿ふ
    4. 花柳界で大事な縁起
  9. 妓女の歌と客の聴方
    1. 昔の点曲児
    2. 歌の撰択が済み叫師伝
    3. 胡琴児的来る
    4. 師伝銭の額
  10. 茶をすすつて芸者遊び
    1. 打茶囲と盤子銭
    2. 廻し客は取らぬ
    3. 恋の鞘当は無い
    4. 見立替へを許さぬ
  11. 料理屋に妓女を呼ぶ方法
    1. 局票の書き方
    2. 叫条子と借条子
    3. 友人の紹介荐条子
  12. 支那の芸妓はお酌をせぬ
    1. 客から妓女に敬意を表す
    2. 芸妓相手の乱舞は出来ぬ
  13. 他班の馴染を呼ぶ色男
  14. 泊り込までの道程
    1. 肉の取引が成立
  15. 芸も売れば身も売る
    1. 支那の妓女に対する誤解
  16. 正式に泊り込む手続
  17. 縁結びの祝宴
    1. 花酒の招待状
  18. 花酒費の一覧表
    1. 枕金の相場
  19. 花酒の当日と竹戦
    1. おひけとなって吃客飯
  20. 芙蓉帳裡巫山の夢
  21. 客に対する観念と待遇振り
    1. 支那国民性の一端
    2. 振るといふことがない
  22. 節期の無心と吝な客
    1. 上車と下車
  23. 花酒抜きの情意投合
  24. 外国人は軽便で持てる
    1. 花柳竹技詞
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