正式に泊り込む手続
客が妓館に泊り込むには、方法が二つある。(一)正式(二)略式とでも区別すベきである。先づ正式ともいふベき廊の憲法を正直に尊重して、妓女と関係を結ぶ方から説明しやう、先づ第一の条件としては「生客」では駄目である、どうしても「熟客」となつて置かねばならぬ。そうして度々通ふ間に、多く使ふ必要はないが、粋人としての金放れを綺麗にして置かねばならぬ。斯くて相手の妓女に振られぬ要心をして、其歓心を求めて置かねばならぬ。此第一条件を具備して置かねば、如何に正式の手続きと順序を踏んでも、交渉は不成立に終るのである。
嫖客が妓女に対するには断じて「露骨を避けねばならぬ」これは絶対必要なこととなつて居る。直接に「惣れた」とか「はれた」とかいつてはならぬ、況んや「今天住下」(今夜は泊る)など申込めばそれこそ大変である。要するに意思表示は充分にやって、之を言語に現はさぬやうに心懸ねばならぬのである。そして最後の交渉は総て乾媽を経てやらねはならぬ。しかし客より申込のむは策の得たるものではない、妓女の方より乾媽を経て
您今天晩上住下怎麼様(今晩お泊り遊ばしたらどうですか)
と切出させなけねば粋人たる資格がないといふことである。第一流の花妓になると、支那人の常套語である「面子」即ち体面上、直ちに客に弄ばるることを欲しないのである。数回打茶囲の結果、客の精神も、態度も、懐具合も見抜いてから、自分の馴染として、一身を託するに足ると信じなければならぬのである。