支那の芸妓はお酌をせぬ
前記の方式順序にて「局票」を、料理屋の夥計に渡すと、料理屋からは、早速これを其妓館に届ける、妓館は前にも述ベた如く、外城にあるから、内城の料理屋から呼ぶ場合には、其旨を電話で通知するのである、そうすると時を移さず出張して来る。日本でも芸妓は「箱丁」が送り迎へをするが、それは料理屋の帳場までで、箱丁は客宦には来ない。然るに支那の芸妓は、一人で客室に来るやうなことはない必ず「乾媽」に助けられつゝやつて来る。それのみでなく、歌を唄う妓女は先づ客に一揖して座に着くて来るから、ドヤドヤと一団隊押寄せるのである。妓女は先づ客に一揖して座に着く 老没見(おひさし振りでした)とか又は早来了(お早くいらしやつた)位の挨拶で済まして居る。済まして居るだけならは未だしも、中には豪然として搆へ込むのである日本の芸妓は直ちに「お酌を‥‥」と徳利を執つて愛嬌を振蒔くが、支那の妓女はお酌をせぬのが普通である。
要するに、支那の妓女を料理店に聘ぶのは、お酌をさせんが為ではなく、大概客分として招いたやうな結果となる、だから客のお気嫌を取るなどは以ての外である、反つて客の方から、始終芸妓の意を迎へて居らねばならぬ、気の利いた妓になると、酒も侑めるが、そんなものは殆んど無いといつてもよい。歌妓であればサツサと歌ひ、歌妓で無いものは談話をして、約三十分位にして去つて了ふ。叫局に要する費用は、外城の料理屋であれば五元、城内の遠出は十元である、其他車代の意味で同行した乾媽に一元乃至二元を与へねばならぬ。「師伝銭」は妓館内と同様である。
初め主人が局票を書く時に、予め客に向つて相知の有無を聞く、其答へは随意だが大概は無いと謙遜するやうである、そうすると主人が知らない妓を聘んで当てがつてくれる。其場合には、主人は芸妓に対し、其対客を指定する、そうすると芸妓は、其客の後方の椅子に着席するから、客は先づ、煙草を妓女に与へて敬意を表し、而して然るベく挨拶を取交すベきである、主客顛倒の感がある。況んや、日本の如く、芸妓を相手に痛飲乱舞することは、今の支那では夢にも見られぬことである。