支那の売笑
五、清吟小班

妓女の歌と客の聴き方

茶を呑み、世間話だけで済ましてもよいが、若し歌を聴かんとする時には、妓女に向つて

你会唱麼(お前は歌が唄へるか?)

と尋ねて見る。小班子の妓女にも二通りあつて、唄へるものと、唄へないものとがあるから予め聞いて見るがよい、

会一点児或は不会(少し唄ひます、或は知りません)

と答へる昔は「点曲児」と称し、扇に歌名を連記したものを出して、客の撰択に任して唄つたといふが、今は其風がなくなつてしまつた。歌の唄へる妓女とわかれば歌名を撰択して

你唱一個△△(歌名)罷(何々を唄つてくれ)

と指定する、そうでないと

您喜歓聴甚麼(あなたはどんな歌がお好きでいらつしやいますか)

と反問さるる、其時歌の名を知らぬ者は

請你随使唱罷(何でもよいから随意に唄つてくれ)

といふのが無難でよい。そうすると歌妓は乾媽に向つて「叫師伝」と命ずるこの「師伝」といふ尊称は、上は皇帝の教師から、下は花柳界に至るまで同様に使用さるる、何だか変に聞ゆるが、要するに、お師匠さんを呼んで来いといふことになる。このお師匠さんといふのは、歌妓の歌に合はする胡弓、月琴、三味線を弾くもので総て男がこれをつとめるのである、女によつては師伝といはずに

叫拉胡琴児的(胡弓弾きを呼んでください)

とも命ずるのである。軈て「胡琴児」が召しに応じてやつて来る。この胡琴児的は勿論その家附で、二三妓女の共同のものと、一妓女専属のものとの二種ある。馴染となれば客に向つて

您未了(いらつしやい)

位の挨拶はするが、生客の場合には黙つて室の入口に立ち、又は椅子にかけ歌に合せて弾く、歌妓が唄ひ出すと客は敬聴しなくつてはならぬ。此場合歌の巧拙に論なく、如何にも巧く、感に入つたといふやうな表情をしなくつてはならぬ、節廻しのよい時や、唄ひ終つた時には、心琴に触れたやうに装ひ

「好」(うまい)「不錯」(間違ない)「真高」(上手)

とかの賛辞を呈せねばならぬ。お世辞とは知りながら、褒めらるれば、悪い気持のせぬのは、人情の自然である。

叫您見笑(御戯談でせう、どういたしまして)

と口には謙遜するが、歌妓は大に面目を施す訳である。斯うして妓女の歓心を買つて置くと、軈て来る、べき最後の交渉に、極めて有利となるのである。歌に対し妓女自身は、報酬を求めぬが、胡琴児的の祝儀は当然要求する、粋客は妓女の要求を俟つまでもなく、歌が終ると直ぐ与へねはならぬ、其額は普通一元、これを「師伝錢」といふ。

五、清吟小班

  1. 班子の所在地
    1. 八大胡同の名称
    2. 八大胡同の班名
    3. 八埠に遊ぶ道筋
  2. 班子の構造と彩綢
  3. 芸者買の順序
    1. 男衆を亀奴と呼ぶ
    2. 妓夫太郎の任務
    3. 芸妓屋の門を入る
    4. 脂粉の香漂ふ
  4. 引附部屋に案内さる
    1. 煤球児の臭ひ
    2. 室隅の洋床
    3. 総てが挑発的
    4. 身も心も落着かぬ
  5. 見客と芸妓の顔見せ
    1. 交渉の第一歩
  6. 客も妓も懸命の場面
    1. 改天見と一廻りしてから
    2. 変体色情狂
  7. 撰定が済み初挨拶
    1. 妾を可愛かりて下さい
    2. 嫖客の得意
  8. 愈々本部屋入り
    1. 身元調べ
    2. 煙の次に茶
    3. 乾いたものが湿ふ
    4. 花柳界で大事な縁起
  9. 妓女の歌と客の聴方
    1. 昔の点曲児
    2. 歌の撰択が済み叫師伝
    3. 胡琴児的来る
    4. 師伝銭の額
  10. 茶をすすつて芸者遊び
    1. 打茶囲と盤子銭
    2. 廻し客は取らぬ
    3. 恋の鞘当は無い
    4. 見立替へを許さぬ
  11. 料理屋に妓女を呼ぶ方法
    1. 局票の書き方
    2. 叫条子と借条子
    3. 友人の紹介荐条子
  12. 支那の芸妓はお酌をせぬ
    1. 客から妓女に敬意を表す
    2. 芸妓相手の乱舞は出来ぬ
  13. 他班の馴染を呼ぶ色男
  14. 泊り込までの道程
    1. 肉の取引が成立
  15. 芸も売れば身も売る
    1. 支那の妓女に対する誤解
  16. 正式に泊り込む手続
  17. 縁結びの祝宴
    1. 花酒の招待状
  18. 花酒費の一覧表
    1. 枕金の相場
  19. 花酒の当日と竹戦
    1. おひけとなって吃客飯
  20. 芙蓉帳裡巫山の夢
  21. 客に対する観念と待遇振り
    1. 支那国民性の一端
    2. 振るといふことがない
  22. 節期の無心と吝な客
    1. 上車と下車
  23. 花酒抜きの情意投合
  24. 外国人は軽便で持てる
    1. 花柳竹技詞
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