吊蚌子(客釣り)の方法
今度は第三の「自身で喰へ込むもの」の説明に移る。此自身で喰へ込むものも左の二種に分たねばならぬ。
一、密会所又は旅館等の屋内に喰へ込むもの
二、屋外随所に於て行ふもの
即ち第一は前述の「客引の勧誘にかゝるもの」を客引に托せず自身で喰へ込むに過ぎない。第二は所謂「野鶏」で日本でいふ夜鷹の類である。東安市場、中央公園、城南遊園、新世界、天橋、勧業場等の公園又は公共遊芸場に出張して巧みに男を釣るのである、夏期開場さるる十刹海とか、毎月日を定めた隆福寺又は護国寺等の縁日に出没すること勿論である。甚しいのになると、天壇や先農壇(城南公園)等にも女学生風の暗娼が網を張つて居るといふことである、私は「北京繁昌記」第二巻「先農壇」中に「俗悪な、刺戟的な、狂的な、肉感的な、野蛮的な現代精神を忌憚なく発揮して居る香廠附近に接して居る先農壇は、暗娼の出没するには得難き場所であるから、近き将来に於て先農壇変して浅草公園を現出し、天神壇の辺には、闇に匂ふ白粉の花が咲き狂ふやうになるかも知れぬ云々」と述べて置いたが、果せる哉、本年から殆んと浅草公園の如くになり、天神、地祇壇附近に白粉の者が出没するやうになつた。
其方法は極めて巧妙なるもので、大概の者は知らず知らず其術中に陥るといふことである、或は散策する女学生の如く、或は道を迷ふた田舎者の如く、或は腹痛を装ふて助けを求むるもの、煙草の火を借りるもの、ハンカチを落して釣る者等は未だ幼稚なものであるが中には老媽子(女中)を連れて小姐(令嬢)又は太太(令夫人)を装ふ念の入つたものもあるといふことである。城内では夏の夕べのそゞろ歩きに此種の女多く城外には高粱の茂つた頃に多い、淫売の「引張り」を「吊蚌子」と称し、目的を達したことを「吊上了」といふ。