私娼の種類
公娼と私娼とは、行政監督上の区別に過ぎず、嫖客の方では所謂蓼喰ふ蟲も好き好ぎで、公娼を喜ぶものもあれば、私娼漁りを自慢して居る者もある。人間の心は妙なもので、表向きの安全を喜ぶ公明な傾向と、暗黒面の危険を喜ぶ冒険の傾向とがある。平坦なる新道を、平々凡々と歩くよりも、険阻な旧道を戦々恐々と辿る方が、却って興趣の多きを感ずる習ひで、公娼が設けられて居ても、密淫売が跋扈するのは何れの都会も同様である、支那は民国となってから、非常な勢で各地に此種の女が増加して来た、私娼を大別して、左の二種に区別することができる、
(イ)組織あるもの‥‥暗窖即ち淫売窟を搆へ、恰も妓館の如ぐ数人にて団体を組み組織的に密淫売をなすもの
(ロ)組織なきもの‥‥単独に勧誘」、自宅又は宿屋に於て密淫売をなすもの
之を又別に左の如く分類することかでき得る、
第一種……娼屋を構へ、屋内に於て密淫売をなす者
第二種……出張を専門とする者
第三種……屋外随処に於て野合をなす者
従って、密淫売の名称も、前記の種類によって多少の相違がある、支那の私娼を総称して「暗娼」「土娼」「土妓」「私窠子」といふ。密淫売屋を「暗門子」又は「窩娼」といふ、この名称は「私娼」と「密淫売屋」とを兼ねて呼ぶ場合もある。屋外に於て淫を鬻く日本でいふ「夜鷹」の一派を「野鶏」といふ、名称は未だ種々あるらしい。
其他北京天津等の都会には、外国人を相手にする公娼がある、之は主として駐在外国兵の為めに設けられたものである。従って外国人を専門とする私娼が存在することも勿論である。それと支那の売笑婦とは関係はないが、支那の都市には西洋婦人の公認妓館、日本婦人の公認妓館及西洋婦人の密淫売婦があることも忘れてはならぬ。
〔附記〕
(一)日本では公娼の許可は主として病毒の伝幡を防止するにあるが、支那では公娼と雖も検黴が行はれて居らぬ、そうすると日本の公娼存立の意義と全然相反して来るが、その割に病毒の伝幡はない、それは各自の予防が比較的行届いて居るからである
(二)北京に於ける駐支外国兵の中で 日本兵のみは花柳界に出入を絶対に禁止してある、
(三)日本婦人の公認妓館の売笑婦には検黴が行はれて居らぬ
(四)外国兵の為めに設けられた妓女には厳重なる検黴が行はれて居る。